久方ぶりの更新です。
今日は8月13日ということで、日本国ほとんど地域ではお盆お迎えの日と思います。ちなみに旧暦に沿った生活を送っている所のお盆は今年は8月16日から、東京などは7月13日からです。ということで今日はお盆と先祖の話になります。今回はほとんどが筆者の感覚によるものなので、そんなこともあるのか〜と、一意見として読んでいただけたら幸いです。
地域によってお盆の迎え方・お供えもの・送り方などに違いはあれ、戻ってきた故人をもてなし一緒に過ごして供養するという内容は共通しています。期間については13日〜16日というより大体8月上旬〜8月後半はお盆の気配を感じます。原爆投下日が8月6日と9日、終戦記念日が15日ということもあるのでしょう。例年この時期になると普段より故人の気配を感じることが多くなります。ちなみに戦争関連の故人の気配については、沖縄だと3月くらいから強くなりますし、南方の戦地・戦没者については(初夏が多いですが)各時期によって強くなります。自然災害のあった場所や戦地にふと立ち寄った際やたら故人の気配を感じる時があるのですが、あとで調べてみますと訪問日とそれが起きた時期と重なっている時期だったりします。故人が亡くなった時期はその方の気配が強くなるのかもしれません。
お盆の話に戻ります。お盆は戻ってきた故人と生者が一緒に同じ時を過ごすという面があります。例えば盆踊りは生者だけが参加するのではなく故人も一緒に踊ったり見物したりします。盆踊りにはおもてなしと供養側面があるんですね。供養といいますとお盆の他に春の彼岸と秋の彼岸を思い浮かべる方もいると思います。お盆と彼岸、どちらも故人を供養するということは同じですが、お盆は故人生者一緒に過ごす、彼岸は故人のみ、という違いがあります。食事を例に挙げると、お盆では故人も生者も同じ食卓を囲み一緒に食事をするイメージ。一方、彼岸ではお出しした食事を故人だけが食べるというイメージです。いずれにしても故人を供養するというのが目的ですから、各々ができる範囲で供養できるといいです。
といっても供養ってどうしたらいいのだろう、先祖と言ってもどんな人だったのかわからないし、嫌な人だったかもしれない、いまいちピンとこないという方もいるでしょう。先祖の数については、2・2n ー 2 (nは世代数)で求めることができます。例えば3世代前までの先祖は、曽祖父母、祖父母、両親で、2・23 ー 2=14人になります。20世代前までの先祖は2・220 ー 2=2,097,150人にもなります。20世代前というのは一代おおよそ25年とすると、約500年前です。2,097,150人という数字は先祖に同じ人が一人もいなかった場合の話なので、実際のところはそこまでの人数にはならないと思います。昔は移動手段が乏しく、集落内の人同士あるいは近隣集落の人との婚姻、親戚間での婚姻がよくあったと想像されます。ですので実際は約500年前までの先祖は、もっと少なくなるでしょう。しかし、膨大な数の先祖がいて今の自分があるのは確かです。理論上で言えば約1000年前、つまり40世代までの先祖だけでも2・240 ー 2=2,199,023,255,550人です。人という種が誕生したのが数百万年前だとすると、それはもうとてつもない数になります。それだけの数になれば、人種も性格も思想も社会的地位も様々です。今の自分と近しい考えの先祖がいれば、全くそうでない先祖もいるのは当然でしょう。ただ、先祖の誰か一人でも欠けていたら今生きるその人は存在しなかったのです。先祖個々人の人格を見るのではなく、存在した事・存在する事に感謝すること。それが供養になると思います。
お盆期間に故人や先祖に思いを馳せ、その存在に感謝すること。ぜひこの機会に実行されてください。