出張から戻ってまいりました。約三週間ぶりの更新です。
本日は本業に携わっていない時に思ったことや考えたことが本業に大きな影響を与えることについて、写真を例にお話ししたいと思います。
「写真には写した人の全てが現れている」「写真を見れば写した人の事がわかる」「写真は嘘をつけない」と言われることがありますが、これは何も写真に限った話ではありません。絵画や音楽や彫刻など芸術と呼ばれるものはもちろん、飲食業、製造業、サービス業など業務もどんなものも同じです。制作者・働く人の興味、思考、願い、理想、そして好き嫌いといった感情などの内面が表現として外に出ているのです。そういった意味で、制作者・働く人がどんな人なのか、どのような道を歩いてきたのかは、その人の表現を見ればある程度わかるのではないかと思います。昔聞いた話に、とある神社の宮司さんは、奉職希望者に会った際目の前で少し歩いてみるよう指示し、それを見て合否を判断されたというものがあります。一挙手一投足に人の内面が表れることを分かっていらっしゃったと共に、それを見抜く感性をお持ちだったのでしょう。
筆者は、「作品」とは、その制作者だからこそできるもの、制作者の性質がちゃんと表れているもの、と考えています。制作者の思考や感情が曖昧だと、制作物も微妙な印象です。ですので己の思考や感情をはっきりさせておくことは非常に大事と思います。
筆者の話になりますが、長期撮影で主張中の際、気が向いた時やインスピレーションが湧いた時すぐさま撮影に移行できる状態でいますが、毎日撮影するわけではなく、絶えず撮影に気を張っているわけでもありません。他の写真家と比べると、撮影枚数はかなり少ない方かと思います。何日も撮影しない日が続いたり、一日中人と喋っている日があったり、ボランティアに勤しむ日があったり、ぼーっと海や山を眺めているだけの日があったりします。この間にふっと思ったことや気づきを大切にしています。そうすると結果として納得いくものが撮れる気がしています。程よいゆとりと緊張感のバランスが己の思考や感情をクリアにし、それが好機に結びついているのだと思います。また、程よい状態下での思索が作品制作への思いを深めることに繋がり、己が求める作品へと表出しやすくなるのではないかと思います。
ちなみに、「力ある作品」かどうかは、それに作家の思いがどれだけ込められているか、表れているかで決まるのかもしれません。