前回の更新から遅くなってしまいました。
ひどい風邪を患いまして、何もできないという状態が続いておりました。高熱・頭痛・全身の痛み・吐き気・喉と耳の痛み・咳・鼻水・下痢と、風邪の症状を全て詰め合わせたような感じでした。数十年振り返ってみても、ここまでひどい症状の風邪は記憶になく、これまでで一番きつい風邪だったような気がします。まだ頭がぼーっとしている状態ですが、今は快方に向かっています。皆さまもお気をつけください。
さて、それでは今回の話に入りたいと思います。
前回筆者が写真を始める際カメラとレンズを人に借りたという話をしました。貸してもらったのはカメラボディ1台と50mm単焦点レンズ1本です。「とりあえずこれでやってみなさい」ということで始めました。今回はこの50mmレンズについての話をしたいと思います。
50mmレンズ(35mmフルサイズセンサーの場合)は人の視角に近いとされるレンズで、標準レンズと呼ばれたりします。私以外にも初めて使ったレンズは50mmだったという人は結構いらっしゃるかと思います。認知度が高く、馴染みのあるレンズです。標準レンズと言われるだけあって様々なシチュエーションで出番があります。私も始めたばかりの頃はこのレンズで随分いろんなものを撮りました。人、建物、静物、その辺の道など。そういえば当時はストリートスナップに興味をもち、よく撮っていたような気がします。ブレッソンの『The decisive moment (邦題『決定的瞬間』)』という有名な写真集がありますが、それを人に見せてもらった時「おお〜!」となりまして、それでストリートスナップに興味を持ちました。写真の集まりに来ていたご婦人が森山大道の大ファンで、よく森山大道の話を聞かせてもらい、彼の写真を鑑賞するようになったこともきっかけの一つです。今はすっかりストリートスナップを撮らなくなってしまいましたが、忘れた頃にブレッソン、ソール・ライター、木村伊兵衛、森山大道といった有名な写真家のスナップ写真を見ると、やはりいい作品だなと思います。ちなみに筆者がストリートスナップを撮らなくなっていった理由は、プライバシーの権利や肖像権が問題となりはじめたからです。筆者は実際にトラブルに巻き込まれたことはありませんが、人づてにそうしたトラブルを耳にする事が増え、控えているうちに段々と撮らなくなっていきました。
話が脱線しはじめましたので戻します。
50mmレンズは使いやすかったのですが、被写体によってはもうちょっとアップで撮りたいとか引きで撮りたいという欲求が出てきました。他のレンズを貸してもらえないかと尋ねたのですが、「ダメ」と言われました。仕方がないので、50mmレンズでできる表現方法を使って、自分のイメージに近づける方法を探しました。結果色んな角度や距離感から被写体を見るようになりましたし、アングルにこだわる、ボケを多用する、あえてほんの少しだけブレさせるなどして遊んだ覚えがあります。のちになぜ他のレンズを貸してくれなかったのか聞いてみたところ、はじめから色んなレンズを持つと自分の足を動かさなくなる、考えて撮らなくなるからだと言われました。はじめたての頃自分がそう教えられたから同じようにした、とのことでした。確かに一理あります。最初から色んな画角のレンズを持っていたら、それはそれで良かったのかもしれませんが、自分の足を動かす、考える機会は確実に減ったでしょう。
50mm単焦点1本しかなかった始めたての頃、その時あるものを使って何が撮れるのか考える癖がついたのは幸運なことだったと思います。写真以外でも、与えられた条件の中でやり繰りするしかない、という場面はたくさんあります。その度に「なんとかなる」「なんとかできるさ」と思えるのは、それまでの経験があるからです。経験が自信とアイデアをもたらしてくれます。
今回は50mmレンズの話というより50mmレンズを多用していた頃の思い出話になってしまいました。レンズの話を楽しみにしていた方はすみません。
次の更新は写真以外の話をする予定です。