しばらく暖かい日が続いておりましたが、冬に戻ったような気候になりました。

寒暖の差が激しいので皆さま体調を崩されないようご注意ください。

 

さて、今回も「写真はこれからどうなっていくのだろう」という疑問について私なりの意見を述べていきたいと思います。

前回述べたように美術館やギャラリーで展示されるような写真(写真集)についてお話しするつもりでしたが、その前にジャーナリズムにおける写真について少し言及した方がいいかなと思いました。ということで急遽今回はジャーナリズムにおける写真の話です(なお、この分野は本業ではないため一般的な話にとどめます)。

 

ジャーナリズムにおける写真。これはこれからも残ると思います。

ジャーナリズムの意義はいつの時代にも見出せます。最近既存メディアによる情報操作が露見し問題視されていますが、メディアによる情操操作やプロパガンダは第一次世界大戦の頃盛んに行われましたし、そもそも新聞(あるいは新聞のようなもの)が登場した時から行われていると推測できます。信用性に疑問を持たれながらもメディアが残っているのは、よく言われる「権力を監視する役割」の他、人には「事実を知っておきたい」という欲求があるからでしょう。生存の観点から見ると事実を認識することは大事です。例えば、過去にどんなことが起きたのかその事実を知った上でないと現状を把握できないですし、未来の予測はあやふやなものになってしまいます。砂上の楼閣では生存は保証されません。生死を賭すような極端な場面でなくとも、例えば、近所の〇〇で〇〇という出来事があった、今〇〇という場所で〇〇という催しをやってる、〇〇でセールをやっているなど、それが生活するにあたって(生きていくにあたって)重要と感じる内容であるならば、事実を知っておきたいと思うものです。そのような需要がある限り、時代に応じて形態を変えつつもメディアは残るでしょう。ジャーナリズムはそれに付随します。

ジャーナリズムにおいて真実性を高めるための一要素が映像です。近年は動画撮影が簡便になりましたので、これからは動画が増えていくと思いますが、「強度」という点で写真の方が有効な場合があります。例えば、昨年アメリカでトランプ大統領(当時は大統領候補)の狙撃暗殺未遂事件がありました。その際撮られた映像に、世界中に拡散されて有名になった写真があります。ご覧になった方も多いことでしょう。その写真には人を引きつける「力」があります。これは写真だからこそできる表現と思います。このように動画が主流になりつつも、写真の方が望ましい場面があったりと、これからも写真は残るでしょう。ただこれからは、「写真を撮る」のではなく「動画から静止画を切り出す」ことで十分な場合、カメラマンが現場に行かなくてもドローンなど無人機による遠隔撮影で十分な場面が増えてくるなどの変化はあると思います。

 

次回近日更新予定です。