※これまでタイトルを「写真の話」・「写真以外の話」と分けて書いてきましたが、今回から分類をなくします。

 

今回は質問にお応えする回です。

 

「現代アートといわれるものは写真でも絵画でも音楽でもわけがわからないものばかりで、何がいいのか全くわからない。だから嫌い。何がいいんですか?」という質問を時々受けます。私は美術評論家ではないし、絵や音楽の専門家でもありません。一作家の意見として聞いてくださればと思います。

 

では応えていきます。

 

この質問に対する応えは二つあります。

まず一つ目。質問された時、質問者に「現物は見ましたか?」「作家自身による作品説明は読みましたか?」と聞いてみるのですが、大体「見たことがない」「説明は読んでません」「イメージです」と言われます。これはどうやら現代アートというものは意味不明で難解という先入観や風評、あるいは作家に対するイメージからきているのではないかと推察します。この場合はまず作家自身の説明を読みましょう、あるいは聞きましょう。好き嫌いは自由だけれども、相手の考えや思いを知ることなしに評価するのはちょっと勿体無い気がします。説明を聞いてみると、なるほどなぁと思える部分があったり、共感できるところが少しはあるかも知れません。作家によっては説明が難解であったり異様に長かったりする場合もあるので、いつもそうしてくださいとは言えませんが、ゆとりがある時は作家の声に耳を傾けていただけると幸いです。

なお、これは現代アートに限った話ではありません。相手を知ることなしに、推測や思い込みで評価しているケースが社会では時折見られます。中には推測や思い込みだけで人を罵倒するケースすらあります。その場合、後になって事情を知ると、痛い目を見たり恥ずかしい目にあうことになるでしょう。己の無知を知らず、思い上がりから出る行動が良い結果をもたらすとは思えません。相手の言い分を聞き、その背景を慮った上でどうするか決めることはどんな時も大事かと思います。

 

二つ目は、「実際に作品を見た・聴いた、説明も読んだ。けれども理解できません。」という場合。この場合は、無理に周りに合わせることなく、ご自身の意見を尊重されればよいと思います。人間多少なりとも好き嫌いはありますし、全てに共感することはできないと思います。理解できないことが気持ち悪い方はご自身が納得いくまで思案・調査するといいでしょう。それが何かを発見することにつながるかも知れません。ちなみに、私も全く良さがわからないものや共感できないものがあります。もちろん実物を見たり、説明を読んだりした上で、です。その場合はやはり自身の感覚を大切にします。他の意見は尊重するけれども、無理に迎合することはしません。